歴史好きの若い女性が増えている昨今、子どもの頃から吉川英治や司馬遼太郎などの歴史小説を読みふけっていた小生は、中洲っ娘と歴史の話題で盛り上がることも多い。マンガの影響もあってか、明治維新、新選組などが人気だが、なかには筋金入りもいて、平安時代専門とか、古墳がどうとかいう娘もいる。さすがにそこにはついていけないが...。
先日、『読書の秋』ということで、ある土方歳三マニアの娘と、互いのおススメ本の話題になった。たいがいの歴史小説は、それぞれ読んでいるということで、ジャンルを変えて、サスペンスや恋愛モノの作品に転じる。すると彼女は、「泣けた作品」として、ある小説のタイトルをあげた。まったく知らない作品だったが、話題を合わせようと小生はさっそく買って読んだのである。
すすめられたのは、笠井尋志作「かきむしり子」。細かい内容はネタばれなので書かないが、ものすごく共感を抱かせる話だった。主人公は就職浪人の50代男性。百貨店でパートをする妻とアトピー性皮膚炎で苦しむ息子を持つ。時は、リーマン・ショック後の就職難真っただ中。否応なく、暗い話になりがちだが、この作品は「家族再生」の物語でもある。そして、その境遇が小生の過去にも重なるのだ。
同作の主人公は、就職活動を行なうなかで、家族、そして自分を見つめ直していた。仕事に追われる日々のなかでは忘れがちになる家族の絆。主人公の視点を通して、それにあらためて気づかせてくれる作品と言える。
前の編集部を小生が飛び出したのは、リーマン・ショックで世間が騒ぎだす1週間前ほど。少しだけの充電期間を経て、新たな仕事を探そうと、小生がハローワークを訪れた時には、そこは戦場と化していた。自分に合いそうな仕事が見つかっても、窓口で「すでに30人以上が応募しています」と伝えられる"厳しい現実"に何度も直面したのである。
就職相談なども受けてみた。自分の担当は古いタイプだったらしく、「履歴書は手書きじゃないと通るものも通らん!」との教えを受けた。小心者な小生はその後、コーヒー1杯で長居できるファーストフード店で、勉強する学生たちと肩を並べ、履歴書作りに勤しんだ。小心者ゆえに、些細なミスがあれば用紙を破り捨て、何度も書き直した。
もちろん、せっかく上手く書けても、履歴書だけで仕事にありつけるわけではない。ある面接会場では、無造作に置かれた数枚の履歴書が自分以外ワープロ打ちだったが、採用されたのは"手書きの履歴書"ではなかった。
そして、大なり小なりの挫折を何度も味わった小生は、就労意欲がどんどん減退していった。ついには賭けごとで日銭を稼ぎ、生計を立てるようになった。社会からの孤立感は強まる一方だった。
しかし、そのような氷河期でも、その時の経験は意外に糧になっている。今、仕事や社会とのつながりのありがたさを身にしみて感じている。忙しい時こそ、少し足を止めてみることも必要なのだろう。そういうことにも気づかせてくれる「かきむしり子」は、読書の秋に小生がおススメする一冊である。
長丘 萬月 (ながおか まんげつ)
1977年、福岡県生まれ。雑誌編集業を経て、2009年フリーライターへ転身。体を張った現場取材を通して、男の遊び文化を研究している。
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